藤岡市 市政
診る  2002年・12月

三好徹明  

12月11日
(水)
お釈迦様の手のひらの世界・・・
利害関係を背景に背負う人間は、きわめて判りやい言動をするものだ。当人は悟られないとおもい、とうとうとのたまうのだが裏までみんな透けてしまう・・・。

我々はお釈迦様の手のひらで飛んだり跳ねたり走り回り、かくれんぼしているに過ぎない・・・

「あれは天罰ダ!!!」という言葉を我々は無意識に思い描く時がある。
人がその罪を人の手で裁くことが出来ないと時や、全く人の裏で人々が気が付かないように悪事を働く者が墜落する時などに使われる。

アインシュタインが言っている。
「私は目に見えない宇宙の秩序を探しているのだ・・」
「天罰が降るメカニズム」もアインシュタインが数学的に描こうとした
宇宙の秩序に組み込まれ合致しているに違いない・・・・

12月12日(木)
市町村合併と市民意識・・・
市町村合併講演会が市庁舎で開催された。一番前の席が空いていたので座った。
県庁の総務部長が講師だった。結論は国が大変だから、歴史の流だから平成の大合併は2005年3月に向かっていやおうなく進む。
手続きなどから考えて国は、タイムリミットは22ヶ月しかないという。取り残された市町村は強制合併の道を歩むことになる。

リーダーが住民にハッキリとした説明説得し、歴史の流から取り残されないための手立てに早急に着手しなければならない。
明治時代の高崎線藤岡駅設置拒否の二の舞だけは避けなければならない。
来年の統一地方選挙の最大のテーマになるはずだが、市議の講演会への出席率はかなり悪い。


「市議になるほど落ちぶれていない・・・」

との有名な教育現場を退職した人の言い分だが、私に云わせると無責任な発言だ。
誰かがやってくれ、自らはドロはかぶりたくない・・・。
しかし、誰かが現状を変えなければならない。
2人や3人では無理であることを議会活動を通じて実感してきた。

時代の曲がり角を真に自覚する勇気のある人材が手をあげてくれれば、わが藤岡市はよみがえるのだが・・・。
いつまでも泳ぎ上手な小悪党がカッポするままでは変われない。

だから我々は寒風吹きすさぶ中、街角に立ち街頭辻説法で未来への選択を有権者の市民に訴えているのである。
12月13日(金) 実績の評価・・・
 来年の市議選挙に立候補予定者が藤岡市役所で写真とりをした。共産党2人、市職員、元信用組合役員、市民オンブズマン、元議員(口止め汚職事件で逮捕、再出馬)。計6人。
若い粋のいい人はまだ名のりをあげていない。

地方も確実に都会化が進んでいる。塚本系議員が8人も逮捕された6年前の補選に立候補した時と比べると歴然としている。
当時落選した私に「三好さん藤岡で都会型の選挙なんか通用しないわよ・・・」そう言いながらなぜかホットした様子が漂う現職議員。

「この人は日ごろの言動と違い腹の中では藤岡の有権者を馬鹿にしている・・だまされている支持者は気の毒だ」・・・と私は感じた。

この言葉をきっかけに、お金を使わない選挙に再度挑戦する決心をしたのだった。落選した2日後から行動を開始。2年間2万世帯に繰り返し、繰り返し政策と自分の世界観、経歴を自分の手と足で配布した。

告示前には延べ6万に達していた。やるだけのことをやった私はサバサバしており、告示の前日には当選を確信していた。努力と意欲を1153人の有権者に評価され当選を果した。

有権者を馬鹿にしていた議員は危く落選の瀬戸際まで追い詰められ滑り込みの当選だった。その人はあいも変わらず温泉に支持者を集める議員活動をしているとのうわさを聞く。

実は、私は今回立候補を止めようと思った。それは
議員活動の最大目標だった市長の交代が実現したからだ。
またそのための政治活動に全力を注いだ3年間だった。
市長選後数ヶ月を経て、「支持者から次回はどうするのだ・・」との考えを聞かれているうち、
「自分の目的や手法、行動は正しかったと絶対的自信を持っている・・・しかし、私にそれぞれを期待した4年前の有権者は、4年間の私の言動を評価したのか、しないのか客観的に知るべき手段は、有権者が用意する試験(選挙)を受けることである」
今年10月末に4月27日の試験には堂々とのぞむべきと判断した。
前回の選挙は私に対する未知の期待であり、
今回は4年間の実績を評価される事になります。
有権者がはたして私にどのような採点を付けるのかは私には判りませんが、
市民に私の哲学と活動記録を正確に伝えることに全力で臨もうと思っている。

12月16日(月) 議場は冷凍庫・・



 12月議会で一般質問が行なわれた。
一般質問とは議題に関係なく行財政全般にわたる議員主導による政策論議である。議員側も執行部も準備が必要であるからどこの市町村でも「通告制」が採用されている。
今回は質問者が多く12名である。4年間で1度も質問をしていない議員が24名中3名いる。

議場が寒く、まるで冷凍庫の中にいるようでガタガタ震えながら議員は座っていた。空調が作動しないようで、しまいに広い議場に石油ストーブを2台用意する羽目になった。

財政非常事態宣言下では誰も大きな声を出すものもなく、ひたすら耐え忍ぶばかりである・・・。
ハコモノ行政を推進した前市長は今やパッシングの嵐である。それを支援した議員は針の筵のはずだが・・・我かんせずとはたいしたものだ・・。議員はこうでなくちゃーーまるで議員お手本の展示場さながらだ。
同僚議員の、茂木議員、笠原議員も今日壇上に立った。
私は明日10時から、13回目の一般質問である。
12月17日(火) 1・市民プール
2・公文書

今日もストーブが二つ
ぽつん置かれていた・・・

2日目の一般質問は、私を含めて3人であった。
1・市民プールについて
2・公文書の取り扱いについて
の2点を質問した。

プールは事業費25億円のハコモノの欠陥が数箇所にあり、高い買い物をさせられてしまったこと。また私が2年前より指摘してきた、健康増進方のコンパクとなプールで充分だとの指摘を聞き入れず、中途お半端なファミリーレジャー型の大きな施設にしたため、維持経費が行政サービスの過剰をもたらしてしまった。

どういうことかというと、利用者一人当たり負担を平均すると約200円。それに対し利用者一人にかかる行政負担経費は一人当たり3800円である。きわめて高額な負担となってしまった。藤岡の行政はこのようなコストをはじき出し、検討する習慣が全くなく、「休まず、サボらず、仕事せず」体質のお役所仕事はここにきわまったといわざるを得ない。

3番目の最後に質問した議員が、
執行部に対し財政事情判断について厳しく責任を追及した。旧幹部は誰もまともには応えられない。最近の行政側は、まるでサンドバックのごとくボコボコに議会から乱打されるが、長年のコンサル依存丸投げ体質で抵抗する力が失せたのか、もっともだと納得してるのか、診ていられないほど哀れな惨状である。

公文書の取り扱いについては、塚本前市長が私に対し送り付けた1年9ヶ月前の「公文書による脅迫」全文を議場で朗読した。
文章で指摘した内容で私の予言通り、市の職員が逮捕され、病院にまつわる不正契約が明るみに出てきた。

現新井市長は本会議場で、前任者から引き継いだ行政事務取り扱いについて、長年無回答のまま放置してきたこと陳謝し、2度とこのようなことのないようにすると約束をした。

12月19日(木) 皆で渡れば
怖くない・・・・

市議会流会

藤岡12月定例市議会午前0時自然流会・・・
本会議場には執行部と7、8人の議員が座っていた。議長席で塩原議長が疲れきった様子で挨拶した。
「午前0時を過ぎましたので12月定例議会は流会になりました・・議長として混乱を収拾できず申し訳ございません・・・」
記者クラブで誰かが言った。「メダカの学校」だ。

11:30より開会。請願、陳情、給与条例改正、補正予算、意見書等の議案の採決され終了。
議員提出議案7,8,9号議案 議員定数条例の制定について審議。
「清風クラブ」4名減の20名。「21世紀」2名減の22名。現状維持の24名「啓風クラブ、親政クラブ、公明、1人会派」が単独審議後採決された。

反対討論「三好徹明」の後、賛成17、反対6(清風クラブ3、21世紀クラブ3)で、議員数現行24名維持が可決された。

次に青柳副議長の不信任動議が坂本議員より提出され、質疑応答の後、賛成多数で可決されたが、青柳副議長は辞任を拒否。
賛成派議員が辞任を求めて議場に入らないため本会議再会されず、時間が経過し流会となる。

混乱の裏にはそれぞれの複雑な事情が見え隠れしていた。近親憎悪、県議選、与党への主導権争い、統一地方選挙前哨戦、地盤の強化・・・結果は提案理由もハッキリしないこじつけの身勝手な論理が勝利した。

市民アンケートでは93パーセントが定数削減をのぞんでいる・・・
しかし、民意に顔を向けようとしないしっぺ返しは必ず頭上に降ってくる・・・・

信号(民意)(仲間1人でも多く)
で渡れば(市民の審判)
怖くない・・・

12月20日(金) 縁故採用・・・・
議員になってから、繰り返し藤岡市の縁故採用を皮肉を交えて指摘し改善を求めてきた。過去から8割とも9割とも言われる、市職員の採用に絡んだ口利きや、献金、票の取りまとめなどうわさが絶えない。


常任委員会で訪れた出雲市の研修視察で私は質問した。
「出雲市では職員採用について市民の間から縁故採用などと批判や不満が出たりしませんか?」
担当の課長は一瞬戸惑いを見せた・・。
すると後ろにいた若い職員がすかさず
「昔はあったようですが、現在そのようなことはありません。岩国哲人前市長が事前に頼んできたり、人を介して働きかけたりしたら、採用試験の対象からはずしますと市民に宣言したのです。
その瞬間から誰もそのような動きをしなくなり、公正公平な採用が実現したのです」
と胸を張って説明してくれた。

私は自信に満ち溢れた職員の態度を見て
「この職員は岩国市長の時に採用されたに違いない」と確信した。

わが藤岡市でも今年は胸を張って採用内容を公表できます。と担当部は応えた。私の改革の目的が大方果せた感じ、過去の採用者の調査は中止することにした。
今年は、160名を超える応募者の中から、外部からも試験官を招きさまざまな角度から学科試験を突破した16名を面接し、4名の採用を決定したそうだ。
説明してくれた市長の顔が自信にあふれていた。
まことに喜ばしいことである。
改革がまた一歩進んだ。