藤岡市 市政診る 

2003年 12月1日ー12月24日

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12月24日(水)

禅問答


昨日今日と暖かい穏やかな日が続いている。
群馬県内の合併の枠組みがめまぐるしく変わり、何がなんだかわからなくなってしまった、と感じる人が多いのではないか。

期限が目の前に迫り、具体的問題が現実化しになってきた証しであろう。多くの人は問題が目の前に来ないと気がつかないし、真剣にならない。
賢者は歴史(過去の失敗、成功記録)に学び愚者は体験(目の前の現実)に学ぶ・・・。と昔から言われている。
悲しいかな、我々はいつの時代も愚者であり続けるのかもしれない。

「困苦光明必盛大」と言う禅僧の言葉がある。
困難や苦しみが大きく深いほど、その後訪れる歓喜は何倍にもなる・・・
その代償として訪れる歓喜や真理を確信しているから実践者は、さらに困難な道(一般人が見ると)を何事もなく平然と歩む。

我々凡人でも上記のような小さな「困苦光明必盛大」は体験はしているはずだ。ただ意識しないだけで・・・。
どうもここいら辺が凡人と偉人との境目らしい・・・・。

12月19日(金)

他人事では
ない・・

 
新町の議会を傍聴した。
高崎、玉村への協議会経費に対し3人の議員が反対した。
これは3人の方が藤岡への任意協参加を表明したことになる。
合併に対する陳情書不採択の理由が、「願意不明瞭・・・・」としたことは、住民や各種団体に対する議会側の挑戦状だと感じた。
一部にかなり奢った議員がいるのかもしれない。

        <ごみ焼却>
合併協離脱の川根町に“拒否” 静岡・島田市
新聞報道より・・・・9月19日

 静岡県島田市の桜井勝郎市長が管理者を務め、ごみ焼却施設を運営する衛生消防事務組合が、ごみ処理を委託されている同県川根町に対し、今年度いっぱいで、ごみ処理の契約を打ち切ると伝えていることが分かった。

川根町が、島田市など1市2町で作っていた合併協議から突如離脱したことへの“報復”の意味があると市幹部は認めている。
合併を巡る遺恨がごみ処理にはね返った形で、契約解除を突然、申し込まれた川根町は「契約更新をお願いするしかない」と困惑している。

 川根町は、廃棄物処理法の改正で、ダイオキシン排出基準が厳しくなり、町営の焼却炉が使えなくなった。このため、昨年12月、島田市などで作る「島田市・北榛原地区衛生消防組合」と処理契約を結んだ。

焼却炉建設当時、川根町は同組合に未加入だったため、ごみの量に応じた費用を月ごとに支払い、ごみ処理を委託していた。契約は毎年結ぶことになっており、来年3月31日が期限。

 友好関係が崩れたのは、島田市と川根、金谷両町で作る任意合併協議会から川根町の河野敏郎町長が、今年8月、「夢のある広域合併を目指す」として突然離脱。全首長が法定合併協議会の設置に合意した直後。桜井市長は「河野町長がいる限り、今後一切の関係を絶つ」と絶縁宣言した。

 組合管理者の桜井市長は12日付で、川根町に「諸般の事情で、来年度の処理先を検討してもらいたい」として契約更新を拒否する文書を出した。
同市幹部は「合併協議を台無しにした町長をこらしめる意味合いがある」と認めた。同町関係者からは「合併話の決裂に町民に罪はないのに。こんな形で遺恨を晴らさなくても」との声も出ている。

12月17日()

新町議会


朝から新町議会を傍聴した。吉井、鬼石からも議員が傍聴に来た。
5,6番目の質問に立った新町議員が、藤岡への任意合併協議会へ参加すべきとの質問をした。私は両議員とも言葉を交わしたことはないが、確実に新町議会内部が流動化し始めていた。

私がもし新町の議員ならば現在の状況から

自立、玉村、藤岡・・・・・・いずれにしても町民の付託を受けている身だ。いづれ住民の意思を確認しなければならない場面がやってくるだろう・・・政治家としは自立、玉村、藤岡それぞれに担保を設定しておくことが新町としての最良の選択だと・・・・・。

玉村町の現在の状況では22日に町長は辞職か解散かを選択する。
かりに辞任の道を選択した場合、セクハラ問題は争点とならないから、新しい町長候補者と選挙協力(新町との合併推進)を材料に政権内のポストを求めることも考えられる。
しかし新しい候補者は協力支援を受け入れるだろうか・・・相手側に格好の攻撃材料を与えるからである。

玉村と新町の合併が仮に実現したとしよう。
しかし双方の住民の間に違和感や
これまでの混乱の責任問題が残るだろう。
それは・・・
玉村の住民の間に渡辺問題をここまで混乱を長引かせたのは、
新町側が渡辺町長に新町との合併という
「塩」を送って延命に力を貸してきたという指摘があるからだ。


新町議会2003.12.17

1216()

第1回合併協議会



藤岡市役所 中庁舎3階 12月15日
第一回任意協議会

12月14日()

分水嶺
から眺めて・・


多野藤岡広域圏の市町村合併にあらたな展開が始まろうとしている。
1市3町で進んできた合併の動きは、1市2町(藤岡・鬼石・吉井)15日にスタートを切る。
玉村町の任意合併協議会設置の予算案は、玉村議会が新町と高崎に対する予算案を否決した。新町と玉村の協議会設置は幻に終わった。

合併以外に生き残る道はないと宣言する新町は
藤岡を再び合併対象として考えなければならない
状況におかれたと思う。

高崎という選択もあるが、
1年かけて住民説明会をしてきた合併内容はすべては玉村と、藤岡のメリット、デメリットの比較から玉村町を選択してきた。

高崎との真剣な合併を考えるならば、今後は住民に対し、
高崎との「編入合併」藤岡との「対等合併を比較し町民に説明しなければならなくなるだろう。

新町が単独独身を選択し、多野藤岡広域に新市が誕生した場合、共同事業の見直しで生じる大きな負担増に対応しなければならない。

また、17年4月以降は新しい法律が施行され、1万人前後の町村は、県の指導の下に近隣市への「強制合併」が始まる。合併特例債による財政支援が終了する10年前後から加速すると予想される。

私の試算によると、合併特例債全体事業費(政府の財政支援)
新町が多野藤岡広域圏に参加すると、
110億円の増えて合計426億円になる。
しかし自立単独であった場合、新町への支援金0円である。

現況少々の障害や不満があっても、新町にとって多野広域で合体することが長期的にみて多くのメリットを生み、後世に禍根を残さない選択であると考えられるだろう。

「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」
我々は今、市町村の運命を左右する分水嶺の峰に立っている。

12月12日()

玉村町議会

町長不信任
決議21:1


玉村の議会を傍聴した。藤岡市からも2名の議員が傍聴に来ていた。
7議案が可決し、追加議案2つが議決された。

1号は、78号議案・高崎62万円、新町196万円の任意合併協議会設置費用の補正予算である。
2号は、玉村町長渡辺孝宏の不信任決議案であった。
今日はテレビをはじめ多くの報道陣が取材に来ていた。
我々は議場に入れず、別室のモニター画面で議場を傍聴した。

執行部案の任意合併協議会補正予算は高崎分、新町分とも反対多数で否決となった。
わかりやすく言えば、新町にも高崎にもどちらとも合併はしません。
と議会が意思表示したのである。
新町がどんなに玉村との合併を望もうとも不可能になった瞬間であった。

玉村町から拒否され、いったい新町は今後どこへ行くのだろうか?
「藤岡の体質が嫌いだ」と町長や議会は言うが、合併せずに単独を選択しても、1万人前後の小村は10年以内に近隣市に強制合併させられる。
条件の良いうちに多野藤岡広域合併のテーブルに着くのが賢明な選択だとおもう・・・。


玉村役場4階から北側庭を撮影。
この直後、渡辺町長不信任可決。


渡辺町長不信任は21:1で可決された。おそらく22日ごろに町長は解散権を行使し、最後の賭けに出ると予想される。
議会が解散ということになれば、40日以内に町会議員選挙が行われ、改選後議会で不信任に過半数の賛成があれば町長は失職。
玉村町は50日以内に町長選が行われる。

玉村町は今後4ヶ月以上新しい執行部が誕生しないことになる。
この場合玉村町は合併に対し、新しい町長の下、自立単独か伊勢崎市に編入合併かの選択が残される。
現実的には、伊勢崎広域への編入選択に落ち着くだろう。

12月8日()

任意合併
協議会

調印式


今日に合併任意協議会調印式が藤岡市役所で
開かれスタートした。
1市2町の対等の新設合併である。

藤岡は呼びかけ側であつた。
この日をむかえられたとホッとしているのは、
私だけでなく関係者の多くの正直な気持ちだろう。
まだ道のりは長いが、
今後は協議会が方向と運命を決めてゆく。

6月に藤岡市の合併問題調査特別委員会が設置され、
委員長についてからは7,8,9,10、11月と走り続けてきた。
さすがに疲れが出たのか、
11月15日ごろから体調を崩し今日に至っている。
前半は下痢に襲われ今回は熱と咳で苦しい。

合併については私の役割の80%は終わったということだろう。
昔からゴールがはっきり見えると急に気力、
体力が落ちてくる体質は変わらないようだ。

他に代わりにやってくれる人がいれば、
いつでも交代したいものだ。
役職などになんら執着するものでもなく、
またそのために引き受けたのでない。

しかし周囲の多くの人はそこにこだわり執着して
生きている・・・・。
「そんな人間いるわけネエーーと言いながら・・」

「三好は権力志向だ」などと見当違いしている人もいる。
私が権力を求めていれば、もっと年若く政治に足をいれ、
議会や役所の中で「毒舌」をつつしみ、周囲に媚を売りながら泳ぎ、
計算尽くめで階段を上がってゆくやり方も知っているし
やろうと思えばできる。くだらないことだ。

政治権力やそれによって生まれる名誉に
魅力も価値も感じないし、野心も湧かない。
だからそれらに執着しないのである。
それらを欲しいとも思わないから
権力闘争にも加担しないのだ。

私の言うことが本物かどうか疑問だと思う人は
私のプローフイールをご覧ください

12月6日()

自立・・


知的障害者のクリスマス会に参加した。



私がハンデキャップを持つ人々に
最初にであったのは35年前のことだった。

当時東京の建設会社に勤務していた。
都立光明養護学校の仕事をに行ったときのことだった。
校庭で車椅子ごと横倒しになった
生徒が大声で泣いている・・・

建設仕事にたずさわる屈強な数人が
思わず走りよった・・・・

「手を貸さないでください・・」
大きな声で女性教師から我々は注意された。

「エッ何で?・・・ひどい教師だ・・・」
一瞬われわれはみんな同じ思いに駆られた。

「皆さん、なぜ私たちが手を貸さないでというか
わかりますか?時間のある方は
陰から生徒を観察してみてください」


その場を離れて物陰から観察していると
生徒は誰かいないか腕の下から
目をキョロキョロさせながら泣いるではないか。

次第に泣き声が小さくなっていき、しまいに
両腕を駆使し車椅子を立て直すではないか・・・

私は先生の言葉、
「手を貸さないで・・」は
月日を経ても
耳の奥でいつも響いていて
時間と共に確信になっていった。
自立がすべての基本形なのだと・・・・

2月5日()

一般質問


一般質問が終わった。同僚の茂木議員が昨日一般質問をし、
私が11番目最後に「高校統合問題」に絞って質問した。
私の質問と答弁の内容・・

私たちが質問すると、必ず野次が飛ぶ。
気の利いた内容の野次は聞けない。
己が野次を受ける対象になるとさあ大変・・・しかし彼らは4年間で2,3回しか質問しないので野次の対象にはならないで助かっている。
中には4年間で質問0回というツワモノもいる。

私が藤岡の過去の失政を指摘した(安定水利権、120年前の高崎線拒否など・・・・。会議終了後、某議員が突然大声を出して怒鳴っている・・・私の質問がよほど気に入らなかったらしい。

人の話をまともに聞かずに議場から退席したりしながら
よく人の話しが判るもんだ。千里眼や地獄耳の持ち主らい。
恐れ入った。
帰り際、人から聞いたのだが、自分の父親が当時深くかかわっていたらしい・・・それで合点がいった。
藤岡が同規模の自治体に比較して、多くの点で遅れている理由を見た思いだった。

中央政界の相似形の地方政界でもミニミニ権力闘争がある。
地方議会の中で個人の動きやグループを観察すると面白い。
しかし、人間のむき出しの欲望が渦巻き非常に気持ち悪いものである。

ぜひこのサイトをごらんの方は一度議員にチャレンジしてみてはいかがですjか、人間理解が深まると思いますよ??
「冗、冗談じゃないよ・・・」ですか・・・。

2月2日()

シニアパソコン教室


毎月第一、第三土曜日「ボランテイア支援センターウイズ」でパソコン教室が開かれている。シニアを対象にしており、10人近いシニアの方々が訪れる。講師も退職された方が中心に指導体制が一応は整っている。
始まって4年目に入った。

半数がインターネットでメールのやり取りをできるようになった。年賀状も名詞、住所録・・・皆さん確実に進歩していて、時折新人の方が入ってくる。緩やかな和気藹々としたサークルで、大人の常識人が集まっている。今月2日忘年会を会員の経営するスナックで開催した。

12月1日(月曜日)

120年前に
高崎線を拒否

40数年まえには
水利権を拒否


今度の判断・・・
高校新設?


秋晴れが続かない、このところ梅雨のような空だ。

知人から標語カレンダー「今日の道しるべ」の古くなったのを
いただいている。
その中から時折「なるほど」と共感するものを拝借して
HPにも載せている。めくってみるとこんなのがあった。

「過去を知り、未来を建設」
(
人間は誰でも過去を持っていっる。よい過去も悪い過去。
同じ人生をたどった人はいない。
わるいところは反省しよいところは伸ばしゆく・・・
そこに明るい未来がある・・・・)と解説があった。


 ●藤岡市は120年前に高崎線を拒否した苦い過去がある。
 ●40数年前にも水利権を拒否した経緯がある。
いずれも120年後、40数年後の今日、
当時の負の判断がもたらした結果に後悔の念と共に
後進性を引きずる体質に苦しんでいる・・

高崎線の駅については新町駅を持つ新町との合併問題で・・・・
水道については八場ダムの負担金23億円で・・・

歴史はめぐり、120年前とは反対に高崎線を今度は取り返すべく奔走している。北藤岡に駅を造ろうとしたり、新町との合併を働きかけたり・・・。

新町議会は「藤岡の体質が嫌いだ」とはっきり言う。
批判の中身には都合のよい勝手なものもあるが、
納得できる主張の部分もあり、
我々藤岡も大いに反省しなければならない。


男女共学の新設の場所について・・

男女共学新設高校の設置場所についても50年、100年の計である。
50年後から眺める視点が市民に問われている・・・。
近視眼的意見の中には病院外来センターと
同じ捕らえ方で論じている人々がいる
。外来センターは病院機能を分断した判断で失敗したのである。

今回の学校の新設移転は、学校機能の分断ではない。
例えば機能の分断とは、藤岡女子高に新設校舎を建て、グランドを藤岡高校の跡地へ建設するといったことがまさしく、
学校機能の分断
である。区別して論じなければならないが、

最高学府を卒業したと言われる人の中にも
この区別が理解できないで「外来センターの二の舞に成る・・」
などと発言し天下に恥をさらしている人がいるのには困ったものだ・・・。

教育環境の時代的変化や少子化時代にあるべき対応、
など教育環境や教育歴史観について論じるべき性格のものであって、
小手先の技術論や損得勘定を基本にすえて決定すると
また50年後に市民の嘆き声が聞こえるようだ。

まさに「水に金を払うなどの無駄なことをする・・・」といった議論に負けて40年後の今日 (群馬11市の中でただひとつ水利権を持たない市) のこの悲惨な状況に置かれてしまっている・・・。

120年前には岡蒸気機関車の黒い煙は「お蚕様は嫌いだ」
といって拒否した人々は、
お墓の中で120年後の今日の姿をなんと見ているのだろうか・・