藤岡市 市政診る 

2003年 11月1日ー11月30日

11月6日(木)

指導者と時代



箱庭のシャラの葉がオレンジ色になって散り始め・・・
市町村合併もいよいよゴールが見えてきた。

尊大な態度が嫌われ、首長の未熟さや議会の認識不足が
混乱を招いている不幸な自治体がまだまだ多い。

真の指導者は民がどこへ向かうべきか「道を示す」ことにある
歴史観、生命観など確固たる哲学に裏づけられた行動でなければ
民を説得できない。「いろは」のいである。

緊張と決断を求める時代背景と
人々が何が本物かを見極め無ければならない切迫感が
真理を探し出すキーワードだ。





11月8日(土曜日)

プライドと
腹の中・・・

「高崎・藤岡市議会広域行政研究会南部分科会」という長い名称の会合が開かれ、テーマが今回は合併問題を取り上げるということなので、合併問題調査特別委員会委員長の私と吉田副委員長も同席した。

高崎側からも正副議長、合併正副委員長ら議員7名が参加した。
藤岡は各常任委員長、正副議長、正副合併委員長ら12名が参加。

高崎側・・・・「藤岡市も高崎市が中心の合併協議会にぜひ参加してほしい・・・中核市30万(高崎市は24万、現在は特例市)以上の大きな市になって自治体間の競争に勝ち残りたい・・」

藤岡側・・・・議員の一人が「高崎市さんの呼びかけはありがたい。私はその方向で考える一人です・・・」 エッーー

オイオイ・・・藤岡市は1市3町で議会は意思決定し行政側と一体になって内外に宣言し進んでいるのに、いくら自由に意見交換する場とはいえ・・・。
とりあえずは各々選良として有権者に付託されたのだから・・・イヤハヤ。
座長が一人一人に意見を聞いたのがマズカッターー。


高崎側の急な誘いの胸のうち・・・
東毛地区(大田・桐生)が一気に40万を超える中核市になってしまう・・誇り高いプライドからいっても大田・桐生の後塵を拝することだけはなんとしても避けなければならない・・。

各高崎側議員の呼びかけの本腹・・・
「群馬の代表を前橋と分け合う面子がつぶれ、ブランドに傷つく。だから周辺の市町村になりふりかまわず手当たりしだい声をかけて中核市30万以上にしなければならない・・・」

このところの高崎側の行動については、市町村で新聞を読んでいる関係者は早くから予測しておりました。

仏陀、イエス、福沢諭吉の言葉を解説して・・私は説明した。
「自治体の大小を超えて互いの尊厳を尊重する結婚こそ最重要。。
合併後に差別感など子々孫々に残してはならない。
だから我々は多野藤岡広域の兄弟と
対等合併」を選択し、次なる大合併に行政の足腰を強くし
自立した10万都市を目指していく理念を持って行動している」と・・・
11月10日(月曜日)

古傷に触られ
口から泡・・・

公立藤岡総合病院議会が開催午後1:30より開催された。
21名の構成市町村の議員で構成されている。
公立病院は市町村が組合をつくり運営している公営企業である。

当然自治体の規模により負担割合が異なり、この病院の場合は
藤岡市が病院が物をつくるときに支出する分の90%の負担をしている。

しかし、病院運営を監視する病院議会は藤岡の議員は11名である。
負担割合からみてもきわめて不自然な状態で議会は運営されている。

15億円に迫る平成14年度の赤字の原点ははここ間でさかのぼり
検証しなければ全体像が見えない。
前政権の残した府の遺産といかがわしさはこの流をたどると見えてくる。

病院議会で上毛新聞が連載した「医の試練」の中で私の35億円計画が出ている。当時この件で前市長とぶつかったときの事を闡明に覚えている。

議会全員協議会のやり取りのなかでこんなやり取りがあった。
私が設計積算した病院35億円改装計画案に対し前市長は・・

前市長

「こんな金額で、できるわけねえ」


三好徹明

「あなたに対案があるなら議会に出してみてください、
できないおならば、私にあなたの権限をよこしなさい、
私がやってみましよう」


前市長

「・・・・   ・・・」


それまでことあるごとに「現状での(現在の病棟部分)
改築を検討したがだめだった・・・」
と前市長も病院幹部も繰り返し公の場で言っていた。
検討した対案などなく、まったくの嘘っぱちであった。

建設コンサルに相談し都合の良い絵を描かせ、
特に町村の各議員に工作を裏で行い、
13:9の多数を確保し、
病院建設を強行させたのである。

当時賛成討論した新町の議員のことに触れると、
「玉村町との合併推進を進める2名の新町の議員は
火のついたようにわめきはじめた・・・

彼らは町民に大きな赤字を抱える藤岡市との合併は損だ、
藤岡市の体質は相容れないなどと、
町民に流布しているのを関係者の多くから聴く。

病院に建設を積極的に賛成しこの赤字の原因に
大きく関わった責任を棚上げし、痛いところに触れられると
それまで猫のように眠ったふりをしていたが本性をあらわすのであった。
11月19日(水曜日)

120年前の
再現?


現在の藤岡高校

風邪で体調を崩し、10日間も寝たり起きたりしてしまった。
緊張が緩んだ?のか・・。

11月12日には下痢等体調が悪かったが委員長である自分が報告をするため、出席した。この日の議会全員協議会では、12月議会に1市3町の任意合併協議会予算を上程することを確認した。

11月17日には統合高校の執行側からの説明が行われた
「8月に新しい男女高校は新しい場所で開校すべき」として議会も市も県議ともども県教育委員会に要望した。
県と市が調整した結果最終案が県教育委員会から提示された。

藤岡市が9億7000万円を上限として新しい土地を確保する代わりに、市内の高校跡地と校舎等を含み藤岡市に譲渡するものとする。
つまり新しい造成済みの土地を5,5ヘクタールを用意すれば、現高校の土地と建物はそちらでいかようにもしてください、ということになった。

ところが議員の中に当初新しい高校を新しい場所で賛成をした議員が、
「財政難であり当初の予想金額や執行部の提案が場当たり的だ」との理由で
反対を唱えはじめた。
「勇気アル撤退・・・」などと高校の現在地での建設を唱えだしたのである・・。
120年前に見通しを誤って高崎線を現在の新町方面に追いやった悪夢が再現されては後世に取り返しのつかない禍根を残してしまう。

何故こんなに、目に見える分かりやすい事柄が理解できないのか・・・。
教育100年の計が1億や2億のことで左右されたら、
この藤岡市へは今度こそ永遠に辺境の未開地になってしまうだろう。

11月21日(金)

新しい高校は・・

1・高校統合問題特集

2・市町村合併問題

3・八ツ場ダム建設

●藤岡高校の没落と閉校

一〇〇年の歴史を誇り、多くの人材を輩出してきた
名門藤岡高校の平成十五年度市内中学からの進学率は、
十一,六
%にすぎない。
普通科の倍率は県内高校中最低となってしまった。

群馬県教育委員会は、藤岡高校と藤岡女子高校を統合し、
男女共学県立新設高校としての方向を打ち出し、
建設場所は現在地とし、平成十七年四月の開校を目指とした。

●藤岡の対応

これを受けて藤岡市執行部と市議会、県議、
市内中学校長会は県教委に対し、現在地ではなく建設場所は

「新しい場所での開校すべき」
との要望書を県に提出した。
県は検討の結果、藤岡市が新しい建設地
(
外来センター北予定)五,五ヘクタールを手当てすれば
(現在の藤岡高校跡地)の九〇%を交換譲渡すると結論を出した。

●跡地利用の収支試算

つまり現藤岡高校跡地を藤岡市が自由に処分し、
財源を捻出、その金額は9億7000万円を上限とすると言う
内容である。
(実際には8億円台に圧縮可能である)私の計算によると、土地を60%住宅用地として
分譲販売することによって約9億円の収入が見込め、
かかる経費は2億5000万円。
したがって6億5000万円を県が納得した
土地手当てに振り向けられる。

●財政負担金額推計

実質財政負担は1億5000万円で現在の校舎部分の
土地四〇〇〇坪の市有地として取得。体躯館、武道館、
3棟の校舎建物が手に入る。
私が現各施設を調査してみると、
平成5年、7年に改修されており、
立派に使用できることを確認してきた。

●校舎施設利用のメリット施設の利用は、

教育研究所、青少年センター、ボランテイア支援センター、
統合事務所、学習センター、健康増進型体躯館、
武道館
(市民ホール隣から移動。跡地駐車場・・)

●周辺環境整備実現

また高校周辺は狭隘道路で囲まれている。
道路拡幅、周辺住環境改善が図られ、上下水道の普及や収入。
固定資産税への貢献。さまざまなメリットが発生してきます。

●最大目的とメリット

全県から生徒が集まる数理科を持つ男女共学高校が誕生し、
新天地に希望に溢れた教育環境が実現することである。
名実共に立派な新高校は先生、生徒、
市民が一体となって新しい歴史創って行くことになる。
なにより藤岡の中学生の心に希望をもたらすことになるだろう。

11月26日(水)

後進性の
全ての原因は、
政争ゲームに
うつつを抜かしてきた
政治土壌が
もたらした・・

藤岡市議会が水面下で混乱している。
合併や高校統合問題で正常な議論できない状態である。
我々は「清風クラブ」2名の小さな会派であるが、
合併も高校問題も考えが
一致していぶれない。常に教育100年の計を視点に論じている。

私がこの世界に飛び込んだのも、
この市の長年にわたる政争の歴史が
良好な発展を阻害している最大の原因だと
有権者に訴えて議席を得た。
近視眼的過去の選挙など個人的うらみつらみを、
一部の人が公の場に取引の材料として持ち込み
無駄なエネルギーを浪費している。

過去の市長選挙で主役を演じた一方のAグループが
Bグループに県議選で負け、意固地になり挙句の果てには、
自分たちの言い分が執行側に通らないとして
「自暴自棄」になって無差別破壊活動に走っている状況だ。
(それぞれが、長年の政争の遺伝子を色濃く受け継ぎ
自立できない悲しさだ)。

議会内部事情に明るいX氏はこう解説する・・・
「かって野党で身内だった同士が骨肉の争いをして別れた。
そのときの怨念がしこりになり根っこに巣食っていて、
そのうらみつらみの果たしっこが繰り返される・・・
表面は何事もなかったように取り繕っても、
簡単には忘れられないし水に流せない・・・」

このX氏の解説が正しければ、
この藤岡市は120年前「高崎線駅を拒否」した
後進性、盲目性、幼児性をそのまま遺伝子として
持続しているとしか言いようがない。

これでは優良企業や、新しく移住しようと考えた
良識や教養、文化程度の高い人々はこの土地を敬遠するはずだ。

そこで知人のY氏から聞いた話を紹介する・・・
「児玉と本庄間にある工業団地内に大手企業の従業員が
言ったという話」
「住宅を持つために本庄か、上里かにしようと思う。
通勤距離は十分に満たしているが
土地が安いといっても藤岡には住まない・・・
行政規模が同じはずなのに本庄とでは文化、教育、福祉など
全ての面で違いすぎる・・・」

これが藤岡市に対する第3者の正直な評価と言えるでしょう。
全ての原因は、
政争ゲームにうつつを抜かしてきた政治土壌がもたらしたと
私は認識し、共通認識を持つ人々の支持の元
議員として5年間の活動しているのです。

11月28日(金)

2610万円

170億円

11月17日から12月9日までの12月議会が始まった。

この議会の焦点は、
1・ごみ収集業者の選定と入札制度改革。
1・障害児童(身体・知的)学童保育施設の敷地選定と建設問題。
1・市町村合併任意協設置にともなう1市1町の予算上程。

前塚本市長系議員会派「新政クラブ」5名が修正動議を提出した。
「障害児童(身体・知的)学童保育施設」の設置場所が、現在の場所ではだめだという理由である。
表向きはそれなりの理由を掲げているが、本音は別のところにある。

「この場所は前政権が6箇所の児童館計画の中のひとつであった。
当時の児童館計画が新井政権が誕生し財政難を理由に全面的に中止になった。
しかし賃貸契約が済んでいた為、現在も土地賃借補償問題で所有者ともめている、いわゆる不動産業者に言わせれば「いわくつきの物件」である。
さらに、この土地所有者は以前木材業営んでいたが、
2代目は県職員で行政事情に明るいときたもんだ。
また現職の市会議員が地主の親戚というおまけまで付いて
簡単には処理できない極め付き代物であった。

さらに、さらに市役所の最高幹部が当時児童館計画を推進した立場だった。その後消防分団の建設案など、さまざまな計画をはめ込み処理しようと関係者が脂汗を流してきた厄介な土地である。
そこに建設所在地である宮本町出身の議員が2名もいる・・・・いやはや気の弱い関係者なら聞いただけでも逃げ出したくなるのではないか・・。

修正案を提出した議員の一人が、
関係者の耳に痛いところを突く質問をした。

「執行部はこの土地の裏にいろんな人間が絡み、
それに縛られてこの土地から離れられない
事情があるのでは?」

補正予算の修正案を提出した旧市長派5名は、納得のいかない論拠を列挙し執行部を批判し修正を迫った。
それなりに本質を突いている論戦だった。
採決結果は15:7で修正案は否決された。
しかし・・・
●今回の障害児童(身体・知的)学童保育施設事業費は
土地賃借料160万円
建設費2610万円
(内補助1160万円)

私は今回の議論を聞きながら思い出していた・・・。

3年、4年前、ららん・プール、病院など合計事業費170億円もの
事業計画に自ら対案を示し前政権事業に反対。
激烈な議会論戦を繰り広げてきた・・・。
いまや私の予言指摘どおり、
ハコモノお荷物施設になり市の財政を圧迫している


みなさんが選んだ議員によって議論される
市議会の様子をみなさんどう思いますか・・・