患者である私は主治医S・ドクターのお許しをいただき、2度目の手術である肝臓転移ガンの「手術ドキュメント」を公開いたします。
最初のガンは2007年5月11日に発見された
すい臓がん(手術ドキュメントT)でした。
6ヵ月後の11月2日肝臓に転移。2箇所8ミリ、15ミリの手術の記録です。

肝腫瘍に対する経皮的マイクロ波凝固法
小開胸マイクロ波凝固療法

直径3cm以下の肝臓癌、転移性肝腫瘍に対して、大きな開腹や開胸を必要としないマイクロ波凝固療法(体表より超音波ガイド、または小さな開胸で、腫瘍に針状電極を穿刺、腫瘍をマイクロ波で熱凝固させる)を行なっています。極めて低侵襲で、また繰り返し治療が可能です。直径3cm以下の肝細胞癌、転移性肝腫瘍の治療法として確立しました。(公立富岡総合病院外科HPから引用)


公立富岡総合病院 外科医 S・ドクター  2007.11.17 記
手術ドキュメント U

(肝臓転移ガン手術)

手術ドキュメントU−1
膵臓がんは、発見された時点で、切除可能なケースは1〜2割と言われている。
幸なことにMさんの膵臓がんは、発見された時点で大きさが6cmとかなりの大きさだったが、CT,PET検査で遠隔転移や周囲組織への浸潤もなく、5月17日切除が行なわれた。

術前高値であった血中腫瘍マーカーのCEAも速やかに低下し順調な経過と考えられた(図1)。



しかし目に見える癌は細胞の巨大な塊であり、目に見えない細胞レベルの行動は検知することが出来ない。そこで術後、抗がん剤治療を行なうことになった。

切除不能癌や遠隔転移を起こした癌に対する抗がん剤の治療を治療的化学療法と呼ぶのに対して、肉眼的にはきれいに切除できたが、ミクロレベルでの転移の可能性が否定できない、いわゆる病期(ステージ)II以上の術後に行なわれる抗がん剤治療を補助化学療法と呼んでいる。
手術ドキュメントU−2


ガン 15ミリ、8ミリの病巣位置 イラスト


補助化学療法の効果は科学的には証明されていないが、近年効果が予想されるとして試験的に始まっている。
Mさんもこのような考え方で、塩酸ゲムシタビン(商品名ジェムザール)とS−1(商品名TS−1)を用いた補助化学療法を開始した。

しかし現在使用できる抗がん剤は、癌を治癒させる効果はない。
切除不能や遠隔転移した癌が、一時的に縮小すれば、“有効”と判断され、例えば有効率60%というのは、一時的に有効であった人が全体の60%居たという意味である。

患者さんの多くが、60%の人が治ると誤解しており、これは我々臨床医や製薬メーカー、化学療法学会の説明不足とマスコミの不正確な過大評価が原因となっている。

さらに補助化学療法に関しては、評価する対象は眼に見えないので、効果判定は不可能である。

したがって補助化学療法で我々臨床医が最も注意すべきは副作用の発現と、判定不能の予防効果の評価である。

手術ドキュメントU−3


Mさんの副作用は、化学療法直後の倦怠感と長期的に持続した痺れなどの知覚異常であったが、日常生活において許容範囲とのことでしたので、術後半年間の予定で継続して行なった。
しかし定期検査のCEAが微妙に上昇してきた。

10月19日の検査で、その値は4.6と正常範囲(5以下)ではあったが、従来の値の推移を見れば有意だったのである。

11月2日の検査でCEA5.5。
これは明らかに異常でありMさんにお話をし、CT検査を行なった。
結果は肝転移であった。

5月の手術後、転移しないことを祈ってきたが転移が現実のものになってしまった。それも肝臓の尾状葉と言われる肝門部(血管や胆管の出入り口)と下大静脈に挟まれた場所と、右および中肝静脈と下大静脈に挟まれた部位の2箇所であった。

大きさこそ8mmと15mmと小さいが、多発であること、解剖学的に部位が深部でかつ犠牲にすることの出来ない大切な血管に接しており、大変な場所だった。

手術ドキュメントU−4

しかし直感的にこれは治療可能と判断した。実際のアプローチは後で複雑なsimulationを必要とすることになるのだが、とにかくこの時点で治療可能と判断してMさんにそう報告した。
 念のために11月5日にPET検査を行い、
この2箇所に他には明らかな異常のないことを確認し(図5)
手術のためのsimulationを始めた。

PET CT画像 図ー5
スタッフが誰も居なくなったCT装置の前に座り、
マウスを操作しながら、2次元の数十枚の画像から、
頭の中で病巣と門脈、肝動脈、肝静脈、下大静脈との位置関係を3次元で構築し、
そこまでの到達経路を組み立てていく。

いくつかの選択肢を組み合わせながら、最終的には左側臥位として肝臓を後腹膜から脱転し、
下大静脈の前方の右2/3で肝臓を遊離させて2箇所の病巣に後面から迫る経路とした。

そのためには開胸し横隔膜を一部切開する開胸開腹経路とし、数本の短肝静脈を処理することが必要であった。
手術ドキュメントU−5

そして実際の治療はマイクロ波凝固治療とした。肝臓に対するマイクロ波凝固療法は1989年、私が大学で動物実験をしていたときに、当時大阪にあった平和電子という会社に依頼し、実際に前橋まで開発技術者に来てもらい、肝臓病巣を球状に凝固壊死させる電極を作ってもらった。直径3cmの球状に凝固壊死させるために20分以上の長時間出力が必要であった。

最初は電極が解けてしまい失敗の連続であったが、メーカーの熱意で素材を色々と変更して今現在使用している涙的型電極の製作にこぎつけたのだった。(図6)


図ー6
Mさんの手術は11月8日に決めた。当日は9件の定期手術が予定されていたが、朝になって十二指腸潰瘍穿孔の緊急手術が入った。

9件の手術を全て終え、10人目のMさんの手術が始まったのは16時を過ぎていた。持続硬膜外麻酔カテーテルを背中側から留置後、気管内挿管による全身麻酔後、左側を下にした左側臥位をとり、
執刀開始。
手術ドキュメントU−6
あらかじめCTでマークした右第8肋間で開胸開腹した。
機械で呼吸しているため定期的に肺が拡張してくる。

喫煙をされないMさんの肺は綺麗なピンク色であった。
横隔膜を切開しその断端と胸壁を縫着して視野を確保すると肝臓の右葉が直下に見えてくる。
電機メスを用いて後腹膜から肝臓を脱転していく。

すべて術前のsimulationの如くである。
右副腎と肝臓皮膜を切離し、肝臓の下方および右側からか下大静脈に迫る。

次第に肝臓から直接下大静脈に注ぐ短肝静脈が見えてきた。

太さ1〜2mm、長さは3mm程度しかない。損傷すれば大出血を招く。
慎重に5−0という細い絹糸で肝臓側、下大静脈側も2重結紮して切離する。

これらの操作を5〜6本の短肝静脈に行なって、尾状葉と肝臓右葉を脱転し、ようやく目的の視野を得た。
ここまでに1時間半を要した。
手術ドキュメントU−7
出血はほとんどゼロ、ここでようやく病巣を触知できた。
しかし剥離面には露出していない。そこで超音波診断装置を使い病巣を観察した。

15mmの病変は下大静脈からは剥離されているが、右及び中肝静脈に接しており、
きわどい場所にある。
超音波ガイド下に先に述べたマイクロ波凝固治療用の電極を穿刺した。

出力60Wで凝固開始、超音波で穿刺された転移巣とそれに接した肝静脈に流れ出るmicrobubbleが鮮明に映し出された。

マイクロ波は電子レンジと同じ原理で2450MHzの電波で水分子を振動させて加熱する誘電加熱という原理を利用している。

熱せられた水分が小さな気泡になって超音波装置で光って見える。
すなわちmicrobubbleが発生するのはそこが100度に加熱されていることを示している。
手術ドキュメントU−8

100度で生き残る癌細胞はないはずである。
問題は病巣が肝静脈に接しており、血管の内腔は37度の血液が絶えず流れているので、その部位が冷却されて血管に接している癌細胞が生き残ってしまう恐れがあることである。

血管壁が多少凝固されても周囲に組織があれば破綻出血しないという前提で、血管の一部が凝固されるように、15mmの病巣では5分程度の凝固で十分なところを30分の凝固を行なった。

これ以上では肝静脈壁が破綻して大出血をおこし致命的となる限界近くと考えられた。


転移巣(ガン)

凝固を終了し、次に尾状葉の8mmの病巣は15mmの針状電極を用いた。
この病巣も下大静脈からは剥離したが、前方は門脈の右本幹が接している。
また尾状葉から胆汁を誘導する胆管の尾状葉枝があるはずである。

小さいが一つ目の病巣以上にきわどい場所であった。
5分の凝固治療を行ない、出血および胆汁漏出のないことを確認して治療を終了した。

しかしその時に出ていなくても後から胆汁が漏れでる可能性は否定できない。

血液は凝固するが胆汁は凝固することはないからである。
そういう事態がもし起こっても重篤な状況にならないようにドレーン(軟らかい誘導用の管)を留置して閉胸閉腹して手術を終了した。
手術ドキュメントU−9

3時間3分を要した。確かに緊張の時間であった。5月の摘出手術と比べて解剖学的に複雑な部位にあったこと、複数の転移巣であり、目に見えない小さな病巣が他の部位にも存在するのではないか?という懸念が消せないことがより緊張をさせた気がしている。

術後の経過は予想よりはるかに順調であった。
手術翌日の11月9日、金曜は外来診察の日である。
朝8時30分に始まると夜7時くらいまでは缶詰め状態となるので、
朝早くに病室を訪ねて、私は驚いてしまった。

Mさんは3時間におよぶ手術を受けられたとは全く思えないほどのお元気な表情でベッドに座って居られた。
知らない人がみたら、手術を受けたとは考えられない、全く普通の表情をしておられ、私は繰り返しびっくり仰天してしまった。


手術翌日 2007.11.9 
B病棟
手術ドキュメントU−10

術後1週間で退院、CEA2.2と低下しており、そっと胸をなでおろすことが出来た。

こんなに順調に経過したのは、Mさんの驚くべき基礎体力と、
精神力の強さに他ならない。
我々外科医は、自分の手で病気を治せるなどと、高慢な思いを持ってはならない。

長時間の手術をおこない、大量の出血を伴う手術を行なって、
全て摘出したと、意気揚々と語る外科医がいるが、
敵は細胞のレベルで毛細血管、毛細リンパ管と構造を成して行動している。
どんなに視力が良くても細胞の見える外科医は居ない。

要は目に見える病巣に対して、そのようなミクロの世界を考えつつ、
患者の負担を最小限に抑えた方法と技術で、
謙虚に対峙するという態度が必要と考えている。

人間には自らの病気を治癒させる力がある。免疫である。
医学はその力のお手伝いをしているだけなのだという謙虚な心を失ってはならない。


2007.11.21撮影 手術傷跡

手術ドキュメントU−11   治療後ー凝固巣   

医師は患者さんに育てられます。
多くの経験をさせていただき、その中から技術と知識を修得していきます。
若い医師たちにも、どんな高価な教科書や学会の講演よりも、
目の前の患者さんが本当の教科書であると話しています。

今は何でも簡単に活字になりますし、学会や研究会、医学雑誌など沢山溢れていて、
更に業界が絡んできていて、そこで述べられて居ることが本当に正しいのか真実なのか?

しかし目に前の患者さんの事実は嘘がありません。
私達にとって最良の教科書なのです。

同じ手術はありませんので、全ての手術は初めてということになります。
確かに今回の手術は場所の関係で難しい手術だったと思いますが、それをさせて頂いて、
また私は成長できた、貴重な経験をさせていただいたと思っております。

医師は患者に育てられる、とはこのことです。
感謝申し上げるのは私のほうだと思っています


公立富岡総合病院 外科 S・ドクター   記
手術2週間後のCT画像と肝臓イラスト位置    2007年11月22日  (マイクロ波凝固痕)




肝臓転移 凝固巣15ミリ CT画像       肝臓転移 凝固巣8ミリ  CT画像

                 マイクロ波治療法の歴史 

肝臓に対するマイクロ波凝固療法は1989年、私が大学で動物実験をしていたときに、当時大阪にあった平和電子という会社に依頼し、実際に前橋まで開発技術者に来てもらい、肝臓病巣を球状に凝固壊死させる電極を作ってもらった。直径3cmの球状に凝固壊死させるために20分以上の長時間出力が必要であった・・・

肝臓に新たに転移ガン見つかる
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