第1回


現代住宅の
向こうに見えるもの・・



私は、30数年住まいづくりにかかわり、群馬に移り住んでからは建設会社経営者として木造住宅を中心に、住まいと環境を考えてきました。個人営業に切り換えてからのこの7年ほどは、時間に追われ余裕なく端折ってきた問題と、正面から向かい合うことが出来るようになりました。

昭和30、40年代に建築された建物の多くは建て替えが進んでいます。その多くは手を加えれば十分快適に暮らせる状態のものが多い。

しかし請負企業側は手間のかかる増改築は儲けが少ないと、必要以上に老朽化を強調し建て替えを進めます。私もかって経営者として経営能率と組織を維持するための企業活動をしてきました。

利潤を追求する企業論理は、自らの利益を優先する為に、住んでいる人の視点からは残念ながら離れてしまうことが多いのです。そしてまだ充分価値を残したままの思い出深い住まいは、大型重機で木っ端微塵に処理され、産業廃棄物として焼却ないしは埋め立てされます。空中に地下に廃棄物として膨大な量が野放しに放棄されつづけてきました。

将来どんな形でそのツケが回ってくるか、かっての私自身の姿勢も反省しつつ、空恐ろしい思いです。現在は現場で発生する残材を仕分けし、5年ほど前から冬の薪スト−ブの燃料として利用しているが、新建材に使用されている防腐剤、接着剤などから有毒ガスが発生、猛烈な火力となります。

新建材〔化学物質で出来た各種合板やクロス類等〕など、現在では住宅の仕上材として巾広く内外壁、天井、床と100%近く使用されており、密封断熱された高気密住宅に住む多くの人が、様々な難病〔アトピ−、喘息等〕に苦しんでいるの姿が報告されております。

最近の建物を将来修理、改装したら、殆ど再利用出来る建築材は出てこないでしょう。
わが国の伝統的工法と自然の素材を利用した木造住宅は急速に減り続け、現場職人の世界では高齢化が進みそんなに遠くない将来、日本の伝統、環境と気候風土に根ざし発達してきた木造軸組工法の住宅建築は、スピ−ドと効率主義万能のこの社会から見限られて貴重な建築物になるでしょう。

私は建築の仕事を通じて現代社会の経済優先、合理性、効率一辺倒が大手を振ってかっぽする価値観と、コストを優先に外国材の大量輸入を続け、有限である資源を大量消費する事が美徳とする意識を未だ脱することが出来ないでいる体質に疑問と諦めを持ちつづけてきました。

洋服が第二の皮膚ならば、住宅は第三の皮膚です。憩いと安らぎの場で在るはずの住まいが、宇宙空間に漂うカプセルのコックピットのように、無数の計器に囲まれ管理コントロ−ルされるならば、人間の安らぐ住まいとはとても言えない。

豊かで安全なはずだった日本の経済優先社会は地球規模で環境を破壊促進し、我々の健康と生命を密封カプセルの中で守らなければならない、不気味な緊張を強いられる際どい状況に立ち至ってしまったのではないだろうか・・。

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