第2回

少欲知足


夕食後住まいからほど近い、藤岡市「ふじの咲く丘公園」と「みかぼみらい館」の周辺を、犬をつれて散歩するのを日課としている。

小高い公園の芝の上に立つと、高崎、前橋、赤城山すそ野に沿って伊勢崎方面まで、冴え渡った冬の夜空の乾いた大気の中、街の灯は光の帯となって視界を埋め尽くしている。

この夜景がなかったら、散歩の楽しみも半減し潤いのない、淋しいものだろう・・だが、この光の海を維持するために我々は、どれだけのエネルギ−を消費し、環境に負担を強いているだろうか。

もし今、この視界を埋める光の量を2割をカットしたとしても、この美しい夜景の景観は、思い出を形成する印象許容範囲内で、充分に魂の奥で輝きを保ち続けるに違いない。

20数年前に石油ショックのパニックで、国家的規模で省エネ運動がまきおこった。社会全体に地球環境とか「成長の限界」と言う概念が定着していなっかた時代だった。危機が去ると、あっというまに元の浪費状態に戻ってしまい、この状況に疑問を呈する声は、物不足や買い占め解消の安堵感にかき消されてしまった。

明治以降の西欧近代文明をいち早く学び吸収。量的画一教育を施し、つぶのそろった国民を養成、「模倣」と学習を通じて、驚異的速さで重工業国家を実現させた。しかし歴史は巡り、かって多くの国の羨望を受けた。
    
横並び画一的価値観にもとずく勤勉がもたらした日本的成功は、急激な変化に対しいつの間にか対応力を失った社会構造に変質してしまった。まったなしの地球環境問題を抱え、予断を許さない危機をはらんだ21世紀を向かえるにあたり、様々な分野で、硬直的体質が厄介な障害になって大きく立ちはだかっている。

より多くの利益や快適さを追い求め続ける生産者であり消費者である我々が属する自由主義、市場経済体制では、形骸化した規制を撤廃、緩める事がこの閉塞状況を打開し、社会全体の活性化を促進させる一定の役割を果たすだろう。しかし政治がリ−ダシップを発揮できないこの国では、既成の秩序が作り上げた既得権益側の抵抗で混乱。

欲望が新たな歪みを生み、嵐の過ぎるのを待った中央から地方までの行政組織と政財界は、姿を変えた許認可制度の陰で、より巧妙な利権構造が生まれる。少々漫画的発想だが、大型高級車を捨て「軽」や自転車に乗り、手造りの家の屋根を太陽光発電パネルで飾り、雨水を利用した野菜作り。

これこそ時代を先取りする前衛的でカッコいいライフスタイルなのだと「キムタク」を洗脳!TVコマ−シャルに流すと、急ぎすぎた豊かさに減速効果をもたらし、環境問題に人々の眼を向けさせられる・・・と。

帰り道、夜空を見上げると、地上の薄明かりの影響が少ない位置のオリオン座は見事に輝いていた。あまりにも多すぎる光の渦の中では、真の光は見えない。今年の手ずくり年賀状に書き記した、老子の「少欲知足」を思い浮かべ、犬に引かれ坂道を下って家路についた。