第3回
 
国中の嘲笑をあびて



1月23日上毛新聞朝刊を食卓の上で広げると我が眼を疑うような記事が飛び込んできた。藤岡市民はもとより、全国の人々を唖然とさせる複数の市会議員の絶句する汚職事件である。

一市民として今回の特異な事件の本質を考えてみた。中央でも地方でも政官界では過去に何度も繰り返し起こっている贈収賄事件だが、過去の事件と著しく違うところは、その事件の異常性である。

事件当事者の議員としての資質や人格を一方的に誹謗非難し、糾弾することは簡単である。
しかしそれだけで事件の裏に隠れている真の本質をあぶり出すことができるだろうか?。この特異な事件は、藤岡市民の我々の側にも奥深く巣くっている同質の問題と私は考えている。人間は欲望を抱えた存在である。

高級車に乗り、立派な家を持ちたい。手に入る物ならお金で買ってでも人の羨望や尊敬、名誉が欲しい・・・。
人より早く知りえる情報を金に化けさせる煉金術を身につけ、利権のうま味に正常な感覚が麻痺してゆく。巧妙な脅しゆすりで得た金で議員という公僕の地位を強化し、再選されてゆく・・。我々も腐敗の構造から次々に吐き出る悪臭にいつの間にか慣らされて、嗅覚を失ってしまい、選んだ人から当然の如く見返りを求め、様々なものをねだり、要求する体質がいつの間にか出来上がってしまった。

我々は少なからず自身の中に潜む彼らと同質の醜悪さをどこかで微かに自覚しているはずだ。だからこそ彼らに全ての責任を押しつけることによって眼をそらし、罪の意識を転化している。

オピニオン21の読者の方々は良識や健全な批判精神を持つ知識人の方々だと思う。ベトナム戦争末期の歴史的事実を思い起こして欲しい。

崩壊寸前の南ベトナムから大量の難民がボ−トピ−プルとして脱出。船からこぼれ南海の藻屑となってゆく人々の衝撃的映像を見た。人々の多くは南ベトナムのインテリ階級でノンポリ〔政治に無関心で関与しない、ポリシ−のない人〕と呼ばれた人々だったのを後の報道で知った。昨日、私の家に隣町の人が訪ねてきた「悪いけど・・、隣町だというだけでも恥ずかしい」

藤岡市民は、虚脱感や無力感を振り払い、「投票拒否」という消極的意思表示は捨てて、良識ある市民の行動をを結集し、市民運動まで高め、我々は今回の事件後の補欠若しくは解散選挙に際しては、立候補者の徹底した公開討論を呼びかけ、人となり、議員としての資質をフイルタ−にかけ、各自の公約書保管。議会監視オンブズマンを創設。情報公開を求める。

この土地独特の「村選挙」が産み落とした、破廉恥汚職事件によてもたらされた、藤岡市に対する日本国中からの嘲笑と、劣等のレッテルを孫子の代まで残さないためにも、金品ばらまき縁故買収脅しに慣れきった腐った手足を、思いきって切断する気概をもって、胸を張った選挙を実現させることによって、藤岡市民はけっして劣等人間でもなく、無能でもない事を証明しようではありませんか

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