第4回
藤岡市議補欠選挙を振り返って
1997年 3月31日


言葉を失うほどの破廉恥な汚職事件を目の当たりにし、義憤にかられ、市民の民度を計る意気込みで、藤岡市議会議員補欠選挙に立候補した北海道出身の私は、もののみごとに最下位で落選した。選挙民は自己のレベル以上の候補者を選出することができないと、ある歴史家が言った言葉を思い出した。

民度を計るという観点からいうと結果〔良識の1253票〕は闇夜に灯る救いであった。私の戦いの矛先と本当の相手は、民主主義社会から遠く取り残され、封建社会がいまだ続く風土と厚い因習であった。この土地の人々は「村社会」で「個」としての選択権〔近代市民の権利〕を知らない人々は、私の言動に戸惑ってる様子が終始うかがえた。

ある村では村を代表する人間の資質や人格はどうでもいいと言って動員をかけ、参加しない人間は村八分にする雰囲気を盛り上げ、心理的脅しをかける。「えびら」という何とも醜悪な紙ぺらを支持行為の証として選挙事務所の天井、壁一杯にべたべたと張り、うめつくし、狭い空間に大勢の人を呼び込み、「苦戦だ!あぶない!」と怒鳴って危機感を演出し集団催眠をかける。冷静な判断基準を狂わされた人々は、見事に意思統一され候補者自身になりかわり、集票マシ−ンとなって外えとかけだしていく・・・。
                   
ねずみ講、催眠商法等は4年毎に復活し事件を繰り返すという。みごとに4年に一度の選挙サイクルと一致している。市民の前に姿を現さない不思議な候補者達は血縁、地縁、人縁に「締めつけ」という手法〔ものもらいの如く助けてくれと徹底的泣き落とし戦術で1票をかすめ取る〕を駆使し奔走していた。私は街頭演説を主体に、50数回街角に立ち訴えた。

子供でもわかるように「お金をかけない、きれいな選挙をしよう。今回の事件は、選挙民が過去に繰り返し、お金と物をふんだんに使った候補者をえらびつづけた結果起こった腐敗事件なのだから、反省し、お金を使わない清潔な人、私に清き1票を・・・」繰り返し訴え、内容は選挙標語そのままの戦いだった。

「ながれとか派閥」とかいう限られた選択肢から今回の前代未聞の事件があったにもかかわらず、一歩も前近代的な世界から出てこれなかった。多くの市民は恥ずかしい事件とはいうものの、何処かで容認していたのではないかと思えてならない。

一市民として、古い体質を化石のごとく残したままの、典型的な地方の汚職補欠選挙を戦ってみて、政治家が育たず、選ばれない日本全体の政治風土と、その結果として生まれる政治的イニシアチブを発揮できない政治家、政党がつくる政府では、とても加速度的にすすむ世界の変化に対して、対応する事など無理である。

世界の様々分野で遅れをとる現状を、はからずも自らの五体で実感した今回の選挙だった。夜景の素晴らしい「みかぼみらい館」の回りを愛犬を連れての散歩を再会した。選挙結果を一番喜んだのは、ちぎれるほど尾を振る彼だったに違いない・・・。