第5回
  顔の見えない人々


戦後日本人は、多くの外国の人々からこと あるごとに、「顔の見えない人々」と言われ続けてきた。顔のない人間、のっぺらぼう、無個性、存在の欠如・・・。なんと侮辱した言い方であろう。

何時もその言葉を耳にしたり、文字として目に触れるとき、「冗談じゃない我々日本人は世界に誇れる精神文化を生んで、育んできたはずだ・・」と。しかし、日本人の多くは、世界の人々からそのように言われたことに対して反発心が湧いたとは、聞いたことがない。その証拠に、成田国際空港ロビ−はシ−ズンにでもなると、ごった返す。

花の都、芸術の都パリなどの海外旅行へ、ブランドを求めて大勢の人々がジャンボ機に乗り込んで飛び立ってゆく。「我々は敗戦の丸裸から、努力して豊かになったのだ。その金で他国の文化を買い、身を飾って何が悪いのだ。称賛されこそすれ、非難される理由などない」。

価値観の成熟度という観点から診れば、残念ながら発展途上国だと言わざるをえない。有史以前から侵略、存亡を繰り返してきた大陸世界の人々は、それぞれの風土と歴史にもとずいた固有の文化と世界観を育んできた。日本人は、自然の大堀である海に四方を守られ、侵略戦争にさらされたことはなかった。

国境線が殆ど不変な国土に生てきた私達は、遣唐使の時代から海を渡り、大陸文化の洗礼を受けた一握りの天才〔空海、道元などが代表的例〕が何時の時代もリ−ドしてきた背景がある。民衆は、あてがわれた他国の文化を衣として身に付けた。次第に輸入文化を吸収消化、独自の文化を開花させた。

世界共生情報化時代のまっただかに居ながら、足元に築いてきた独自の歴史と文化を見ようとせず、模倣と追従に今だ多くの人々が血眼になっている。昭和平成人は、外見は脂肪太りしたが、精神はやせ衰えて、経済的尺度でしか普遍的価値を計ることが出来なくなってしまったのか・・・。

砂上の楼閣的安全性の上に立つ、日本の物資的繁栄が壊れないうちに、偏差値教育の呪縛を断ち、次世代を担う日本の子供達を大陸世界に体験的学習の旅え、政策的に積極的に送りだすべきだろう。私の生業とする住宅建築の世界でも、展示会場の新建材の固まりである規格住宅に、人々は長年の夢を託す。

選んでいるようでじつは選んでいない〔失敗の危険が無いということは感動もないのだから〕。最近の規格住宅による住宅団地は、一戸建てにもかかわらず、住んでいる人の主張が聞こえない、匂いのない街は「顔のない街」である。前回3月この蘭に書いた藤岡市議口止め汚職事件の補欠選挙え立候補し、生まれて初めて、選択される側に立った。

「顔の見える」信念を掲げた行動は、「顔の見えない人々」によって拒否されて幕を閉じたが、市民の心に傷を負わせた事件そのものも、はや風化が始まった。6月2日、前橋地方裁判所で開かれた、藤岡市議口止め汚職2回公判の傍聴に行った。関係者を除いた市民の傍聴人は3、4人。

混乱のないよう受付で待機していた裁判所の職員は、拍子ぬけの様子であった。

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