第6回
新都市構想


バブル崩壊以降、現在の日本社会は閉塞感に覆われ、地方の状況もまた同じである。藤岡市は関越自動車道、上越道と日本海沿岸との物流情報分岐点、要衝地として注目を浴びている。歴史をひもといてみると、1438年から1551年の間、関東関領上杉氏の居城があった。

藤岡市平井地域はこの間、7万とも8万ともいわれる中世の都として鎌倉を凌ぐ繁栄を誇り、上杉氏は関東から越後にかけての広範な地域を統治していた。6月28日、藤岡市市政座談会が開かれ、市民と市長以下市当局との「藤岡インタ−周辺地域に期待するもの」というテ−マで討論が行われた。

私が主催する「市民会議」プロジェクトチ−ムは「新都市構想」提唱した。農業基盤整備事業の行われたインタ−周辺小野地域を中心に、45万坪の広大な水田が広がっている。私は藤岡市、新町、吉井町の市町合併睨んだ人口15万の新都市を描いた。

三市町の行政機構を新都市へ集約し、到来する地方分権時代の行政機構の効率スリム化。幅広い人材確保と意識改革。新幹線とJR八高線の交差点に新幹線新駅設置を推進。温井川の両岸を、幅六十mの市民の森を市民の手で建設。

「ホタルの舞うせせらぎの川」を実現する。パワ−センタ−など受入れ環境を整備、民活利用の扉を広げる。歴史資産として中世の都、平井城再興計画。歴史街道・・・等々。「新都市構想」をたたき台に、来るべき時代に地方が生き残る道として、又、実現可能な夢として、多野藤岡市町村民の広範な議論を喚起したい。

タイミングよく七月八日には、地方分権推進委員会が行財政のあり方を中央集権型から地方分権型にシフトするための具体案を盛り込んだ第二次勧告を橋本首相に提出した。いよいよ「地方の時代」が視野の先に現実感伴って像を結び始めた。補助金廃止と合理化。地方財源化整理。自主的市町村合併の推進へ住民投票制度の導入。機関委任の廃止。地方議会権限の強化と首長の多選禁止・・等々。

これら第2次勧告の骨子の隙間からは、地方自治経営への期待と不安が、交互に聞こえてくるようだ。地方から中央えの補助金「おねだり」陳情行脚の黄昏。地方経済を支える役割を担ってきた公共事業=土建屋支配構図の終焉・・。日本の戦後50年の成長を支えてきた手法や発想が時代的役割を終え、新しい時代の秩序や構造に対応出来なくなってしまた今日の姿である。

地方分権が実現した明日の地方社会の姿とは、子供が田畑を分け貰い、収穫も処分もみずからの判断と責任を負う事によって成長するように、住民が「己の頭で考え、自らの足で立つ」選択行動能力を備えた市民社会のことである。

時代のうねりの先に待ち受ける状況に、戸惑い恐れ背をむけることなく、我々は、個人や地域エゴを抑制する努力と、環境と共に生きる「共生の理念」を共有する事により、市民の意思がただしく反映される地方分権社会の実現が可能になる。


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