断食の記録

還暦を迎えて、2度目の断食に挑みました

今から20数年前のことでした。青年会議所の委員会事業として講演会を企画し、
講師のSさんにお会いしました。雑談の中でSさんは「私たち夫婦は、
毎年お正月には断食をするのです・・」
毎年お正月を迎えるとその時のSさんの言葉が耳の奥で鳴っておりました。
その後TKC飯塚毅氏の臨済禅の影響を受け「とらわれのない心とは?」
を考えるようになり、還暦迎えたのをきっかけに、
お盆とお正月の2回やってみようと決心しました。
実は、断食は過去何度も試み失敗続きで今回、石原慎太郎の「国家なる幻影」の中に、
昔今東光が「石原君、伊豆に断食道場がある、是非行ってみろよ・・」。
衆議院議員として忙しく、辞職したのを機会に伊豆で経験した断食の方法や
様子が紹介されておりました。読んで私でもこれならできると感じ、
8月のお盆の13,14,15、16,と挑んでみました。
今までどうしてもできなかった断食行の入り口にたどり着けたような実感がありました。
お盆の断食記録

  2002年8月13日――16日 (4日間) 
● 場所 自宅   体重 生活の様子を記録

12日  2食 普通食 77,5k 1000mスイミング
13日  2食 少普通納豆 900mスイミング
14日  1食 納豆のみ
15日  無食 ジュース 76,5k 裏山1時間散歩
16日  無食 ジュース 300mスイミング
17日  2食 少食ジュース 75,5k

14日の日記より・・・
昼食野菜と納豆(納豆がこんなに上手いものだとはじめて気が付く。
これからしばらく固形物が口に入らないと思うと十分味わってゆっくりと食べようと意識し
味わいながら口に運んだ)とにんじんりんごジュースのみ。
空腹感と闘うつらい夜だった。
1日が永く感じられる感覚は久しぶりのことである。1回便が出る普通。
――――――お盆の断食が終わって感じたことーーーーーー

1・ ニンジンジュースを体内に入れたこと。
   ニンジンが少量でもカロリーや繊維質が体内に入り、日常生活を持続できたこと。
2・ 毎日当たり前のように食べていた、
   食事を大事にかみ締めながら感謝して食べようと自然に感じた。
3・ 食欲を短期間ながら押さえ込むことができた自信。
   肉体の欲望は野放しにしておくととどまることのないものだと実感し、
   コントロールする事が可能だと確信する。
4・ 体調は崩れないで後遺症はなかった。
   正月にもう少し長くできると確信が持てたのが収穫でした。
晦日・正月の断食記録

  2002年12月30日 ――1月4日 (6日間) 
● 場所 協力者の家。食 ・体重 記録

29日  2食 普通食 75k 街頭演説
30日  1食 納豆ご飯 @よる、通信ポステング1時間
31日  無食 ジュース A
1日   無食 ジュース梅干 73k B朝散歩。午後自宅で風呂
     電気店、セキチュウ買い物
2日   無食 ジュース梅干
      納豆1 吐き気をもよす C朝雪が降る寒い
     朝帰宅、家族で初詣諏訪神社へ。

3日   無食 ジュース D8時起床
4日   1食 納豆おかゆ
5日   2食 普通食
     ☆ニンジンジュース(ジュース)

今回断食修行している部屋の正面に「青雲塾」
創立者中曽根康弘塾頭の青雲塾修業原理が書かれた大皿が置かれていた。

生きたままの最高の芸術品にその人生を完成して
世を去ることを修業の目標とする(青雲塾修業の原理)康弘

政治的に昔から無党派である私は、自民党でも中曽根信奉者でもないが、
その言わんとすることや、過去に知りえる言動の総体と符合していることは感じる。

学生のころから人生如何に生きるべきかを考えてきた。
40歳の半ば迷いの一部が削げ落ち片側半分の自分がみえた・・・。
50代は全力で走り・・・
60歳・・落ちてゆく肉体を少し鍛え、
精神も同じように負荷を与えながら未知の扉を開きつつある。
年齢とともに確実に世界が広がり遠くの方まで次第にみえるようになってきた。
山を登り振り返ると度に下界が広がるように・・・
三千世界が見渡せる頂にたどり着きたい。
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