私の裁判  (無断掲載複写禁)
・・・・・・政争の渦の中で争い勝利する・・・・・
議会より議員辞職勧告受け辞任した川野盛幸(元議長)から2002年4月におこされた名誉毀損訴訟裁判は、平成14年6月27日、原告側(川野盛幸)の訴えの取下により、1年争っていた裁判は被告側(サンデージャーナル、三好徹明)の事実上の勝訴で終了しました。


総合病院外来棟建設に伴う薬局出店と川野議員辞職勧告経過。
慰謝料請求裁判の経過と結果報告いたします。                    
                                     2002年7月1日  三好徹明
月 日 内  容
2001年 
(平成12年)
5月25日 フクイ薬局より700万(150万+550)万円(土地手附金+開発協力金)が川野議長の手元に渡る(預かり書コピーあり)。
6月16日 業務委託契約締結500万円(6月16日サイト・プランニング100万入金)契約者 
委託者 フクイ薬品株式会社
受託者 サイト・プランニング株式会社
川野議長、フクイ薬品、サイト立会いのもと、別途工作資金?500万円を受け取る。 計1050万円
10月 川野議長が病院建設職員と根岸家仙台市の土地所有者の長男(議長と同級生)宅を訪問する。
坂本市職員が昨年暮れに議長と仙台へ同行(裁判終了後この職員に再度尋ねると場所を聞かれなかったので行き先まで答えなかった言う)
12月20日 川野議長20日、委託契約の存在にはじめて気がついたと発言。
午後、本人が高橋弁護士事務所に相談。
12月21日 川野議長フクイ薬局へ手附金1050万円返却。
立会人、設楽後援会長、永井設計の2名
12月27日 斎藤氏は薬局業務委託契約に対し川野議長が関わったとされる内容を説明。市議5名(青柳・佐藤・三好・笠原・茂木)立ち会。
12月28日 業務委託契約書と川野議長に開発協力依頼した根拠書類、
550万円の預り書など資料に割印。記載されている内容について
事実としていつでも何処でも証言するとし、自筆によるサインと実印の割り印をする。
直筆の斎藤氏証言の原本所有保管。(2002年3月現在弁護士が保管)
12月29日 藤岡警察にて斎藤氏が数時間に渡って事情聴取を受ける。
警察は調書取らず。丸茂、茂木光雄議員が断続的に立ち会う。
2001年 
(平成13年)
1月 5日 私の藤岡ニュース2号(メールで配信)・・名誉毀損裁判の理由は、メール内容が怪文章に流用されたとしている。
1月 23日 藤岡市議会会派、市民クラブ(笠原、三好)・自由クラブは川野議長宛に、一連の疑惑に対し「事実確認申出書」を提出。
議長は1050万円受領し、平成12年12月22日返却したことを認める。
1月 29日 議会に代表者会議開催の申し込みをする。
2月 2日 市民クラブ、自由クラブ両会派は代表者会議開催を正式に申し入れる。
2月 9日 政治倫理審査会設置届けを5時15分提出。
(政治倫理審査会質疑内容は参考人等の発言全記録文章あり(H13.5・1現在) 提出者署名議員氏名 9人
吉田、新井、松本、青柳、佐藤、笠原、三好、片山、茂木
2月 10日 上毛新聞に川野議長土地の売買及び開発協力金の
手附金1050万円を預かった趣旨のコメントが載る。
2月 15日 午後3時より5時全員協議会開催。
(川野議長事情説明の中で1050万円を7ヶ月自宅に保管していたと発言) 公開、非公開の賛否をとったところ、6名の議員が公開に賛成する。  川野議長は議長辞職願い提出 (新聞記事)
2月 16日 各「川野議長辞表提出と発表」上毛、朝日、読売、東京、産経。
代表者会議開催申し入れ文章で。 
2月 27日 藤岡市政治倫理審査会が設置される  
藤岡市議会 議員政治倫理審査会 会議録
1・平成13年2月27日  (第1回)  会議録
2・平成13年3月 5日  (第2回)  会議録
3・ 平成13年3月6日  (第3回)  会議録
4・平成13年3月 9日  (第4回)  会議録
5・平成13年3月13日  (第5回)  会議録(議員辞職勧告決議)
2月 28日 農業委員会20数名と三好会談 農業委員会委員長、設楽直樹氏は川野議員の選挙後援会長。
3月  2日 塚本藤岡市長より市議三好への抗議文届く(別紙添付)
3月  6日 藤岡市長へ謝罪要求返答書郵送(別紙添付)
3月 13日 藤岡市市議会政治倫理審査会は、川野議員に対し全会一致の議員辞職勧告決議採択
3月 16日 藤岡市議会 川野議長に対する議員辞職勧告決議採択 
4月 16日 元毎日新聞記者大内卓の
「ふじおかNOW」13号新聞折込にて藤岡市に配布
4月 18日 市民クラブ(三好徹明、笠原史嗣) 議会報告新聞折込(別紙添付)
前橋地裁より川野原告の口頭弁論、催告状届く。
代理人高橋弁護士(高橋3兄弟弁護士末弟)
4月 20日 会派の議会報告会 公民館3階にて開催
4月 24日 各新聞告訴報道あり。上毛新聞 読売
5月 22日 森田弁護士面談
5月 31日 森田弁護士面談
6月  6日 森田、釘島両弁護士面談
6月 14日 第1回公判
7月 23日 釘島弁護士へ藤岡市公開条例集送付
9月 20日 第2回公判
10月27日 会議録情報公開非公開との回答
12月13日 第3回公判(笠原議員傍聴)
2002年  平成14年 1月 11日 茂木、笠原両議員申し入れの倫理審査会会議録の閲覧申請
木村議長拒否。 
2月 14日 第4回公判
3月 28日 第5回公判
5月  9日 第6回公判 証人申請。 斉藤氏、笠原史嗣議員、茂木光雄議員。
裁判官証人申請認める。
6月 24日 突然原告(川野盛幸議員)より告訴取り下げの打診あり
6月 26日 取り下げにサンデージャーナル側および三好徹明も同意
2002年
(平成14年)
6月 27日
原告(川野盛幸)代理人高橋弁護士より前橋地方裁判所高崎支部に今回の慰謝等事件の取下書提出される。

第7回公判  中止  裁判終了

原告側の告訴取り下げは
塚本支配体制崩壊に伴い、藤岡市の政治闘争に決着がつき裁判の継続の意味が失ったためと思われる。1年に及ぶ裁判は事実上の勝訴をもって終わる。

農業委員の質問者に「問題のメールをどこで見たのか・・」とたずねると「たしか、ホームページだった」と答えた委員がいた。私を全員で詰問した農業委員会の委員の中には電子メールやホームページの意味さえ知らず、一部の人間に利用され踊らされていた。

メールは特定の人間に配信したもので、川野が親戚の人間に「土と火の里」の工房からコピーをもらい、裁判の材料としたものであった。

欲の渦巻く世界に棲む魑魅魍魎との闘争は命がけであることを経験し抗体を手に入れた。

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